国際結婚ワンオペワーママ奮闘記

ナイジェリア出身の主人と国際結婚13年目。3児の母、実家遠方のフルタイムワーママです。ワンオペ育児、家事効率化、仕事、読んだ本、自分の夢。日々の気付き、学びを思い付くままにアウトプットしていきたいと思います。

家庭内暴力の影響(私の生い立ち)

以前、ナイジェリア人夫の子供への暴力について書きました。
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彼はピシッ!ペシッ!!と躾けられる文化で育っている、という話をしました。

私にとっても子供へ手を上げることは我慢が伴います。

それは、自分は幼い頃、日常的に暴力をふるわれていたからでした。

今日はそんな私の幼少期の話を少しさせていただきます。

厳格な父:

私は、両親と2歳上の姉、5歳下の弟、私の5人家族で育ちました。
(私は3人姉弟の真ん中、次女です。)

両親は自営で飲食店を経営しておりとても多忙でした。

両親はいつも仕事をしているか、

家の中でも仕事の話をしており、私達子供と遊んでくれたりという思い出はありません。

両親はとても厳格で、躾が厳しく、食事中も言葉を発すると箸が飛んできた家庭でした。
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うちの両親、とりわけ父親は男尊女卑の考えが強い人で、基本的に一緒に自営業を担っている母のことも含めて、

「俺が食わせてやってるんだぞ。」

とよく口にしていました。

とても感情的な人間で、私と姉が食事を残したり、ふざけていたり、親に口答えをしたりすると、

「ふざけんじゃねぇーぞ、コラァ!!」

と容赦なく大声で叫びだし、

・殴る、
・蹴る、
・物を投げる、
・怒鳴る、
・首を絞める、
・箸で刺す、

ということは日常的でした。

まだ小さかった弟は、その様子を見て泣き叫び、椅子の陰に隠れて泣いていたのを覚えています。

(その影響もあり、弟は自己主張の少ない子で、反抗的な反抗期もなく、今でも父親と面と向かって話すことはありません。)

私が幼かった時の父の記憶は、正直いいものがありません。

例えば、
・業務用冷蔵庫(大人でも入れるサイズ)に入れられて鍵を閉められる

・真夏に車のトランクに入れられて鍵を閉められる

こういった記憶しかありません。

今思うとよく死ななかったな、と思いますが、今の時代だとこれらは
「虐待」と言われても仕方ないんだと思います。

正義感の強い姉は、高校生になると父へ反抗的な態度をとり、

首を絞められ泡を吹いたこともありました。

それは今も鮮明な記憶として私の中に残っています。

(その影響で、姉は高校卒業後10年間、心身ともに病んでしまい、病で社会で出られませんでした。)

それが当然な家庭で育ったのですが、

今思うと近所の人に通報されていたら、もう少しマシになっていたかもしれないな、と思うこともあります。

以上、男尊女卑で暴力的な、そんな父のもとで私は育ちました。

物静かな母

一方、母は基本的に我慢強く穏やかな人間です。

教員等、公務員だらけの親戚の中で育ち、冗談が通じない真面目な人です。

30年以上前の、家事のAI化もできない時代に完全ワンオペで私達3人を育ててくれました。

そんな母ですが、ワンオペということもあり、余裕がないこともあってか、

私達が姉妹喧嘩をしている時、反抗的な態度をとった時等、

よく私と姉は、頭がジーンと痛むほど何度も叩かれ、外に靴無しで引きづり出されていました。

しかし、母自身は、全く覚えてないそうなんですが(苦笑)。

そんな母ですが、私達が父に暴力をふるわれている間、何をしていたかというと、

黙って見ていたわけではないのですが、

「お父さん、止めなさい!」

とは言いながら、必死で止めてくれていたという記憶もありません。

母も田舎から一人で出てきて、友人もいない中で孤独な育児をしながら

自営業で 働いていたので 常にストレス疲労が あったことは確実です。

また、 母も 祖母祖父母に 厳しく育てられたので、

父が私たちを 厳しく 育てていても

半分仕方ないと思っていたのは 理由としてあると思います。

母はこのような人物です。

家庭内暴力が及ぼしたもの ①私(次女):

では、こうした暴力により家庭内でどのような影響が出たでしょうか。

それは 皆さんも 察しがつくと思いますが、

✅子供の 成長過程での自信の喪失、

✅自己肯定感の低さ

が結果として現れました。

そして、 それが 招く 家庭崩壊。

今も家族は 心の繋がりが低く バラバラのままです 。

まず、私に関しては、

元々楽観的な性格というのもありますが、高校卒業とともに 実家を離れたこともあるので、

ほどよく実家との距離が保て、精神的に参ることはありませんでした。

今に至るまで 大きな影響はありません。

その理由が ひとつあります。

それは 父の暴力から 逃れるための

「武器」

があったからでした。

それは

「学力」

です。

私は自分で言うのもなんですが、

小中ととても成績が良く、

学校を抜け出しサボっていても、

テストの点数は90点以上しか取って来ないような子供でした。

中学の時に関しては通信簿はほぼ5、あっても4でした。

また、家庭内でこのような状況なので、

大人の顔色を伺うということが得意で、

学校でも先生の顔色をうかがいながら サボって授業を抜け出したり、

小6の時は近所のスーパーで万引きをして学校へ通報されたりしました。

子供なりに親に対する反抗、また親の愛情を試している という意味もあったんだと思います。

(中間子という一番放っておかれるポジションだったのもあると思います。)

中学に入ると、部活も始まり 顧問の先生に 監視されているというのもあったので、

とにかく優等生の振る舞いをしていました。

部活では部長、

生徒会役員、

学業では 9クラスあったマンモス校で成績が学年1番を取るほどの文武両道の模範的な生徒でした。

そんな私を、学歴コンプレックスのある父はとても自慢に思っており、

家に来客がある時も、私の成績をベラベラと お客さんに話したり していました。

それが私の重荷と なったことは確実ですが、

それと同時に それは私を父の暴力から守る武器となりました。

その反動もあり、高校入学すると全く勉強をしなくなり、

成績もどんどん落ちていきました。

すると、そんな私を見た母が一言。

「がっかりした。この高校へ行かせなきゃよかった。」

これにはとても傷つきました。

中学の時は、部活の顧問が恐い先生でした。

その先生は数学の先生だったのですが、

彼の授業で私が唇が乾いてリップクリームを塗っていただけでも呼びだれ、頭を思いっきり殴られるということもありました。

私は、一体なにがダメで怒られているのは全く分からず、ロボットのように言われたことしかできない人間になっていました。

それが高校と同時に解き放たれました。

あえて学区外の高校を選び、

小中の友人が誰もいない進学校へ進みました。

とにかく遊んでばかりいたので、成績はガタ落ち でしたが、得られたものはたくさんありました。

それは、今まで苦手としていた友達付き合いがとても楽しくなったということです。

小学校の時は授業をサボってばかり、

男に一人交ざって毎日ドッジボール三昧で、女の子同士のグループのいざこざを煙たく思っていました。

休み時間もドッジボールか廊下に座って人間観察をしているような子でした。

中学の時は、優等生だったので 友達と深い話を することもなく

本当の友人と 言える人は少なかったと思います。

部活が忙しすぎて友達付き合いの時間があまりなかったのも要因です。

そんな私が 高校で得られたものは

大切な仲間

です。

今も関わりがあるのは、そうした高校時代の仲間が多いです。

ようやく私の居場所ができた、毎日が楽しいと思えたのは 高校の仲間がいたからでした。

そこで周りから認められ、受け入れてもらえるという経験をしたので、

私はその後大学進学で実家を離れてからも、友人付き合いにはあまり困りませんでした。

誰かに受け入れてもらえる、

自分の居場所がある、

ということは、社会で生きていく上で精神的な心の柱となることを学びました。

話はそれてしまいましたが、

私はそのまま実家を離れ大学へ進学、就職し、

そのまま地元へ戻らず結婚してしまったというのもあるので、

実家に帰ることも少なくなりました。

その為、暴力で受けたトラウマや心のダメージは、その後の友人関係の構築でいい意味で上書きされました。

しかし、子供が産まれてからはやはり自分が親になってからは違います。

潜在意識の中に刷り込まれている

暴力

というものが無意識に引き出しから出されてしまうことがあります。

子供へ浴びせてしまう暴言も、

両親に言われたものと全くおなじで、

口調まで似てしまっていると感じる程です。

この呪縛のような負の連鎖を私で断ち切りたい。

子供たちには引き継いで欲しくない。

暴力、暴言を我慢するのには、そういった経緯と思いがあるからです。

つらつら書きましたが、こうしたことが私の暴力の影響です。

では、他の兄弟 にはどのような影響があったでしょうか。

②弟への影響

決定的な影響は、彼の性格に現れています 。

弟は末っ子、 両親にとっては初めての男の子ということもあったので、

とても愛情をかけて育てられ暴力を振るわれることも一切ありませんでした。

弟は小さい時から姉二人が父に暴力を振るわれているのを日常的に目にしていたので、

父の存在がとても恐怖という意味で強く、

唯一の同性である父と腹を割って話したことは ありませんでした。

そして今もありません。

ずっと自己主張が弱く、何がしたいという欲もあまりなく、

反抗期の目立った行動もありませんでした。

弟も私と同じで高校卒業後実家を離れてしまったので、

程よく 距離を保ちながら そのまま就職し、現在は結婚し子供にも恵まれています。

③姉への影響

父から暴力を受けたことで 一番影響を受けているのは姉です。  

姉はもともと長女ということもあり、責任感が強く、

とても繊細で私と正反対の性格。

体育系の私と正反対で文化系。

小中は、私よりも友達付き合いがうまく、

常に友達に恵まれている明るい性格でした。

家では暴力を振るわれていましたが、

表立ってその影響が出ている様子はありませんでした。

しかし、その日常的な暴力の 結果が現れたのが、

彼女が高校に入ってからです。

高校に入ってからは思春期ということもありますが、

自分が何者であるか   

という、自分 と向き合う 時期に 彼女が行き着いた 結論は、

「私は家には要らない存在である」

ということでした。

今まで表立って影響してこなかった暴力暴言が、

その時一気に姉の精神を蝕み始めました。

父の暴力は対私、姉で変わりませんでしたが、暴言に関しては、

姉に対しての方が ひどかったです。  

例えば
「お前なんか消えろ」

「お前はこの家のばい菌だ」

といったような暴言を浴びせていました。

それが積み重なり、姉は家に帰ってこな かったり(それは私もありましたが。)、

卒業間近で 出席日数が足らなくなり、

母が学校に出向いていたということもありました。

朝は普通に家を出るのですが、

その後学校へは行かず、

ゲーセンへ行ったり友達と街へ行き時間をつぶしたりして学校をサボっていたようです。

当時、姉はできる友達も同じような環境下で育った人が多く、

自分の過去を肯定するということに苦しんでいました。

自分の過去が肯定できない姉は、

自己肯定感が非常に低くなり、

高校卒業後は心身病で家で引きこもるようになりました。

家で引きこもると、父が追い詰めるような言葉を浴びせ、

繊細な姉は どんどん病んでいきました。

そこから10年ほど 自力で生活するのが やっとなほど、

社会から疎外された生活 から抜け出せなくなりました。

実家にいる限りは父がいるので、

その負のループから抜け出せずにとても苦しんでいました。

姉と両親3人きりの生活なので、

以前と環境も変わらず、

彼女の時間はずっと止まったままでした 。

30になる頃に少しずつ 仕事を始めるようになり、

今では稼業を手伝っています。

それでも、まだ病とは戦い続けています。

暴力を受けたという過去も、

彼女の中では記憶が歪められてインプットされてしまっており、

彼女だけが暴力を受けていて、私と弟はまったくもって無害であった、

という記憶にすり替わってしまっていたのです。

車のトランクに入れられたのは私だけだったのですが(笑)、

彼女の記憶では全て彼女だけがそういう扱いを受けた、

という記憶にすり替わってしまっています。

それは、暴力により彼女の自己肯定感が低下した結果だと私は分析しています。

全ては暴力が原因だったと私は思っています。

まとめ

親からの暴言や暴力は、確実に子供の人格形成や人生に凄まじくインパクトを与えます。

こうした影響を私は 肌で感じているので、

自分の子供へ暴力を振るってはいけない 、

子供達に同じような思いをさせてはいけない

という強い思いがあるのです。

これを読んでいるあなたも、ひょっとしたら私と同じような育てられ方をされたかもしれません。

そして、負の連鎖を断ち切ろうと、

強い意志を持って自分と戦っているかもしれません。

孤独なワンオペ育児なら、自分一人で戦うのは尚大変です。

私も今も子供を叩いてしまったり、

暴言を吐いてしまうこともあります。

私はその度に、子供には理由を話して謝っています。

それでいいと思ってます。

それで少しずつゼロに近づけていければ。

怒りが沸騰しそうになったら、

アンガーマネジメントの本にあったように、

怒りのピークである6秒間を黙ってみる。

そして深呼吸。

これだけでも大分違います。

心の火事をうまく子供へ向けずに自分で鎮火させられる方法、

あなたにもあるはずです。

✅子供からもらった手紙を読んでみる✅子供の赤ちゃんの頃の写真を見る
✅子供を抱きしめて「大好きだよ!」と言ってみる
✅大声で歌う
✅音楽を聴く
✅好きな言葉を口に出す
✅家の周りを走る

何でもいいと思います。

自分なりの方法を見つけて、もっと子供との時間を有意義に過ごせるよう、

一緒に親も成長していきましょう!