国際結婚ワンオペワーママ奮闘記

ナイジェリア出身の主人と国際結婚13年目。3児の母、実家遠方のフルタイムワーママです。ワンオペ育児、家事効率化、仕事、読んだ本、自分の夢。日々の気付き、学びを思い付くままにアウトプットしていきたいと思います。

登戸通り魔事件で思うこと

こんばんは。

早朝4時起床。外はどしゃぶりの雨でした。

さて。

昨日は日本中を悲しみで襲ったこのニュースで、仕事中涙をこらえながら仕事をしていました。

神奈川県川崎市の登戸で起きた通り魔事件。

51歳の男性が、スクールバスを待っていた小学生たちを次々無差別に刺し、

小6の女の子1人、

その学校に娘を通わせている男性が死亡、

その他負傷者も出したというこの事件。

本当に、本当に、いたたまれない事件です。

犯人の男性は、自らも首を刺して死亡し、原因を本人に問い詰めることもできません。

突然命を絶たれた方々、

その遺族の皆様に、

深くご冥福を申し上げます。
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今回は、この事件から子育てをしている一人の人間としての思いを

今日は以下の目線で思いを綴っていきたいと思います。

私は専門家でも何でもありませんので、私個人の考察です。

目次

  • 被害者の遺族
  • 事件現場にいた子供たち
  • 加害者
  • 一人の親として


  • 被害者の遺族:

この事件、私も子どもを育てている親なので、

本当に自分の子どもがこんな事件に巻き込まれると

と考えると、被害者の遺族の方々は言葉にできない怒りと悲しみや喪失感を感じているはずです。

突然、知らない大人に大切な娘、父親、夫を奪われ、

これから長い未来があったであろう人生に幕を閉じる形となりました。

この哀しみからどう立ち直ればいいのか、どこに怒りをぶつければいいのか、

残った家族はどう生きていけばいいのか。

他にも子供がいる場合は、その後その子達を一人で外に出すのも恐怖に感じると思います。

その恐怖感と戦いながら、どう毎日を生きていくのか・・・。

当事者ではないと本当の意味で理解できないと思います。

愛する我が子への別れの準備もできないまま、いつもの日常で突然命を絶たれたんですから・・・。


- 事件現場にいた子どもたち:
私がとても心配しているのは、昨日の現場で一緒にスクールバスを待っていて生き延びた他の子どもたちです。

見ず知らずの大人が、30cmもする包丁を両手に持ち、静かに10数秒という短い時間の間に、

20名弱の子どもたち、大人2名を次々に刺していったんですから、

そこにいた子どもたちからすると恐怖で一生忘れることのないショッキングな出来事だったと思います。

今日その学校は休校だそうですが、明日からまたバスに乗って通学するという日常に戻るわけです。

心的ショックを考えると、当たり前の日常に戻って生活をすること自体が大変に気力も体力も使うことと思います。

是非、専門家の方が彼女達に寄り添い、心のケアを続けてくれることを祈るばかりです。

- 加害者
もう自殺してしまった犯人の51歳男性。

名前、昔の写真、自宅までネットやTVで報道され始めました。

この男が、どういう理由でこういう卑劣で残虐な犯行に至ったのか、

死人に口なしなので、誰もわかりません。

ですが、一部メディアで報じられている通り、男は実親ではなく
伯父夫婦に育てられ、兄弟も血のつながりがなく、離れ離れに暮らしていたということがわかってきています。

そうした境遇を周りも知っている中で育てられ、

今も伯父夫婦の家に暮らしていたということも考えると、

ずっと孤独に生きてきて、当たり前のように温かい家庭で育った人や
社会が羨ましくなったり、妬みながら生きてきたのかな、

と個人的に思いました。

今までの無差別殺人事件は、秋葉原の事件といい、

社会的な劣等感を感じている人が多いように思います。

そこで必ずといっていいほど報じられるのは、犯人が複雑な家庭環境で育てられたり、

著しく厳しい躾を受けて育ってきたりと、幼少期での育てられ方です。

そこで共通して感じるのは、実親、育ての親からの愛情不足による、

自己肯定感の低さです。

彼のしたことは卑劣極まりないですし、絶対に許されることではありません。

毎回こういった事件の犯人の供述は、

「刑務所に入りたかった」

「誰でもよかった」

等、身勝手なものが多く、本当に腹立たしく共感も理解もできないものばかりです。

でも、その一方で、幼少期に愛情ない環境で育ち、それが彼の意図しないところで

思考力や感性、当たり前のように感じられる共感力であったり、

そういった人間的な心の部分を欠落させていたのなら、

寂しい気の毒な人間だったのかもしれないと思います。

遺された育ての親を含め親族は、

そういう人間を育て放置していたのですから、

一生彼の罪を償い続けて欲しいです。


-一人の親として
以上を踏まえ感じるのは、「子どもの感情を育てる」子育ての大切さです。

大人になって仕事ができるできないは別として、

綺麗なものを綺麗だと思う心、

怪我している人を見たら自然と助けてあげられる心、

自分は自分、他人は他人、と思えるよう

「自分は自分のままでいいんだ」と自分を受け入れ

自信を持っていきていけるような自己肯定感

を持つことは、人間にとって、生きてく上でとても大切だと思います。

それが育まれないことで、今回のように他人の命も何とも思わなかったりと自分だけでなく、
罪のない子どもや大人の命を奪ってしまう。

犯人が犯行を留まれるのは、「頭に親の顔が思い浮かぶから」とも言われています。

「こんなことしたら、母ちゃん泣かせるなぁ」

と思えるかどうか、というのも重要だと思います。

いずれにせよ、子どものうちに自己肯定感を持てるように子育てをしていくことが、

社会の安全をつくっていくことにも繋がるといっても過言ではない、と

一人の親として私は思います。

今日も子どもたちが生まれてくれたことに感謝し、

一日であった色々なことを家に帰ったら受け止めてやり、

また安心して明日学校や保育園という社会へ送り出してやることが、

私が親として自分の子どもたちにできることだと思います。

そして、他の子どもたちの自分の子供のように、愛情を持って接して、

一人じゃないんだよ、みんないるよ、

と伝えてやることも、必要なことなんじゃないでしょうか。

ツラツラと書きましたが、これが今の私の心境です。

このような事件が、この世の中からなくなる日を願って。